ボーイズドントクライ

ケンジ、この部屋で普通に暮らしていたら
きっと僕たち甲子園にいけたね
球場のサイレンが雨の中で鳴り響いてる
あのときだれも僕たちを呼ぶものはいなかった
ケンジ、君が帰ってくる時僕の歯はボロボロになっていて
そして君はいつだって練習を欠かさなかった
ケンジ、君はディマジオみたいになりたいって言ってたけど
あいつらそんな事あまり興味ないみたいだよ
それでいいんだろう、なぁ、



僕たちの言葉はとても普通のささいな物事を美しく飾ることができないだろう
ツルゲーネフの初恋やシェイクスピアロミオとジュリエットのようには
僕や君はただ飛んでくる打球をよくみてうまくキャッチしてそして素早く正確に送球するだけ
ケンジ、君がボールをひとつずつていねいに打ち返すのは
それはもうこの世界の小さな決まりのひとつさ
君は真剣な顔でこの世界のきまりをまもる
世界中ほとんどの場所でほとんどの人がまもっているこの世界のきまりを
そうして僕は君を見て自分が破ってしまったものをなんとかつくりなおそうとしてみたりするんだ
恥ずかしいから小さな声で言うよ
きっと僕は、自分のことを詩人かなんかだと思っている
神田の古本屋街で一番かっこいい詩集を選んで、そのあとシンナーかなんか吸ってさ
なぁ、ケンジ、君のママがやってた喫茶店で食ったサンドイッチはうまかったよな
ケンジ、そしてさ、僕は名人級のレフト選手の脚の動きみたいな詩がかけるかな
あぁ、君がもしも、真夜中の3時に僕の家をたずねてくればいいんだ
ほんの少しの街灯の光をキラキラとグリースで反射させるような使い込んだグローブをもって
明け方まで赤色ライトの下でかるくキャッチボールをしながら
あいつがサヨナラを打ったらあの子に告白しようと思えるバッターはいまいるだろうか、なんて話をして
君はディマジオとモンローの事ばかりで
ケンジ、ディマジオは1941年に56試合連続安打を達成したんだろ?
ホームラン王にだって2回なっている
いまでも君の耳にはディマジオがものすごい力でボールを打ち返す音が聞こえているって
そう僕が思える根拠がある
なぁ、ケンジ、君の知っているディマジオはきっと涙が出るくらいとびきりかっこいいんだろうな
かっこいいジョーディマジオ たとえば、かっこわるいブコウスキー
詩の世界には甲子園みたいなものがないんだ
信じられないだろう?
球場をたがやしてラディッシュを栽培しようぜ、なんて
球場の片隅で頭を踏み潰され死んでいるモグラ
試合するためにグラウンドに行ってみたら
1塁にも2塁にも3塁にもホームベースにもベンチにも小さな観客席にも
ズラリと花束が置かれていて、自殺してないのは僕だけだったらしくてビックリ、なんて
そんな糞みたいな話をはじめてしまいそうになる
ケンジ、君は一生詩を書きたくなかったんだろう
君は長い間野球ばかりやっていたからしっかり筋の通った詩がかけない
あぁ、僕だって同じだ
僕はたぶんシンナーのせいだ
そういう詩はいったいなんのためにあるかわかるかい?
どんなに僕たちが拒まれ虐げられたとしても
でもだれも世界中全てのバッドを折ることはできない
だからきっと、ディマジオがホームラン打つためにあるのさ



ケンジ、行こうぜ
太陽が昇りはじめたら二人でコーラを飲もうぜ
僕はバカだからどんなボール球でも振ってしまう 笑ったりしてくれ
だって君が野球をやめるなんてこと信じられない
ジョーディマジオ、あんたの事が大好きだから野球を続けている奴がここにいるぞ
ディマジオ、聞こえるか、ここにいるぞ、ここにいる
大人になってもまた会えるよ
子供のままでも僕たちまた会える
小さなウソを繰り返して僕らまったく別々になって変わり果ててしまえば、そうすれば
きっと僕たちまた会える
なぁ、ケンジ、僕はあの子をプラネタリウムへ誘うよ
じゃあな、ケンジ、さよなら