様子をみる男

目を覚ますとラジオが鳴っていた。
僕は意識を失っていたのだから僕がつけたはずがない。きっと誰かが僕が意識を失っている間にここに忍び込みスィッチを入れたのだ。
さっきからずっと電子音のようなかん高い女の声でアハハハ、アハハハハハ、となっている。
女の笑い声だけがずっと放送される、そんな番組があるはずがない。僕は誰かの悪意の実態を今も感じている。
怖くなって僕はプレイヤーを鏡台へ無かって投げた。鏡が割れた。そのとき、なぜだか音はまったくしなかった。
電源コードが抜けて女の笑い声は途切れた。
それから僕が畳の上に体育すわりをしていたら、ドタドタと誰かが階段を上がる音が聞こえた。
いきなりふすまが開けられ、メガネをかけナイロン製の黒いジャンパーを着て茶色い革靴を履いた陰気そうな男が、真剣な顔で「おい」と言った。
「おい」と言われても何をすればいいかわからなかったので僕が立ち上がってみると、男はふすまを閉めドタドタと階段を下りる音が聞こえた。


見渡すと廃墟のような部屋だった。
スーパーマリオの勉強机と汚いテレビ、障子はところどころ破けていて床には誰かが脱ぎ捨てた服が一面に転がっている。
机の上には食べ終えたうどんの容器がいなげやの袋に入って転がっていた。
怖くなって部屋を出ると階下からこもったテレビの音が聞こえる。ここまで届くのだからすごい音量だ。
階段を下りようとすると段の途中にこけしが転がっているのが見えた、それは風も無いのにゆっくりと揺れている。
さっき出ていった部屋のふすまが誰もいないはずなのにガタン!と大きな音を立てて閉まった。
早歩きで階段を降りきると左には居間とトイレ、右には玄関が見えて、僕は居間のドアを開けた。


電気がついてないのでとても薄暗い。床の真ん中に花瓶が置いてあってそこにささった花が茶色く枯れていた。
水槽の中で金魚が全部浮いていて動かなかった。僕は怖くなって本当におしっこを漏らしてしまった。
居間にはさっき入ってきたドアのほかにもう一つドアがあってテレビに音はそこから聞こえてくるようだ。
なぜ僕はこの部屋にはいる前からここが居間だとわかったんだろう?
何をするにも嫌な予感が離れないが、そのドアをあけること、に理由はわからないが一番恐怖を感じたので、開けないことに決めた、その瞬間、
ドアが開いた。


ドアをあけたのはとても背の小さい、スリッパを履いてベストを着た50才ぐらいの男でこいつも真剣に僕をみつめていた。
その奥に車椅子の老婆がこちらに背を向けて1ミリも動かずテレビのほうを向いていた。
男が近寄ってきて僕にさわろうとしたが僕は怖くなってよけた。
男は僕のズボンが濡れているのを見て、顔をしかめ「どうしちゃったの…またわかんなくなっちゃったのか…どうしちゃったの…」と言った。
僕が黙っていると男は悲しそうな、そんな顔でずっと僕を見ていたが、やがて首をふって居間から出ていった。
玄関のドアが開く音がして、その後外で車のエンジンのかかる音がした。


薄暗い部屋に、開いたドアと僕とテレビと車椅子の老婆が残った。
老婆は、老婆は僕に背を向けて固まったまま動かない、テレビでは大音量でニュースが流れている。
僕が床をドン!と足で踏み鳴らしても老婆は動かない。画面の中のニュースキャスターの目と口が動くのをやめた。
それでも音声は変わらず流れ続けてる。赤ん坊が森林に遺棄されていた事件だ。
けれど、ニュースキャスターはずっと僕をみつめている。
老婆は動かない。
僕はわからないと呟いてみたわからなかった目を見開きながら台所に包丁が見つからなかったので外へ出たら、警察に捕まった